がん患者さんの生き方2

船戸医師はご自身が腎臓がんを患った経験を活かし

西洋医学の標準的治療

手術・放射線・抗がん剤だけに頼らずに

さまよえるがん難民に対して

船戸クリニックでは補完代替医療(CAM)を中心とした診療をされているが

治療を始める前に患者さんと

がん治療の治基本認識①~③を共有することから始めるという

①「人は治るようになっている」

人は誰でも自然治癒力が備わっている

末期がんであっても奇跡的治癒はあり

その本体は自然治癒力である

これを強調してし過ぎることはない

以下つづく

がん患者さんの生き方

昨日は第3回日本健康創造研究会のセミナーに参加した

テーマは「絶対に後悔したくないがんの生き方」

演者・演題

1・船戸崇史医師 がんになった医師が語る「がんに克つ方法」

2・渡辺真弓先生「がんになるたった2つの条件」~安保徹先生を偲ぶ~

3・患者さんの体験談~大腸がん・転移性肝臓がんからの生還~

がんの治療は外科手術・放射線療法・化学療法(抗癌剤)が一般的

しかしそれらだけでは心身に負担をかけすぎたり、がんを治しきれないことも多々ある

西洋医学にとどまらない多様な治療法によって、患者さんの自然治癒力を高め

ココロと身体を癒す道を探る・・・といった内容だった

当院でもがん患者さんが増えており

がん患者さんへの治療法や生き方などについて

有用な多くの示唆を示していただいた

以下続く・・

自分史19

在学中に東京で(公社)全日本鍼灸学会学術大会が開催され

初めて鍼灸学会に出席した

約2000人もの鍼灸の研究者、臨床家、医師らが全国から集まり

症例報告・シンポジウム・基調講演などが目白押し

学会の楽しさを知ることになる

東京まで学会に行く同級生は誰もいなかった

特に印象に残っているのは

昭和大学附属病院、東洋医学科逆子外来

逆子治療の2000例を超える症例報告は

鍼灸のエビデンスを高めるに値する研究発表だった

自分史18

当時の長谷川先生は血気盛んな30代後半

愛知県鍼灸師会や日本鍼灸師会で青年部長を務め

臨床・会務・スポーツ等、とにかく多忙を極めていたが

休日は一緒にテニスで汗を流すことも多く

公私共に大きな影響を受けることになった・・・

院内勉強会

今夜は院内勉強会

①美容鍼チーム

新しい美容鍼メニューの練習

②鍼灸臨床チーム

最近1週間で来院された16名の新患カンファレンス

患者さんの情報共有しより良い治療と

スタッフ全員のスキルアップのため

自分史17

恩師 長谷川栄一先生の略歴

1974年 愛知県日中友好協会・医療部会幹事として、中国江蘇省南京中医学院との医療交流に尽力する。

その間、愛知県鍼灸師会理事として、県内青年鍼灸師の活動の場である「青年サークル」を設立。

一方、日本鍼灸師会・青年部会部会長に就任。

1979年 北京中医薬大学、河南省人民医院、武漢医学院、上海中医薬大学にて研修。

1981年 南京中医薬大学及び付属医院にて研修。

1983年 南京中医薬大学、上海中医薬大学付属龍華医院にて研修。

1986年 南京市、無錫市、蘇州にて日中友好協会役員として文化交流。

1990年 北辰会へ入会。藤本蓮風先生に師事し中医学を深める。

1999年 中医学研究会「げんき会」の代表として、青年鍼灸師の育成に尽力する。

(現役職) ・一般社団法人 愛知県鍼灸師会 会長
・公益社団法人 全日本鍼灸学会・中部支部 学術委員
・名古屋大学統合ヘルスケアチーム所属
・中部大学 非常勤講師
・中医学研究会「げんき会」代表

自分史16

長谷川針灸院での修行が始まって

1年ぐらいで治療をさせてもらえるようになった

患者さんに治療できることが

なにより嬉しかった

怖いもの知らずのせいか鍼も良く効いた

EDが治った患者さんからは「先生は名医だ」と言われたことも

とはいえ見習い中

施灸で火傷して先生に叱られたことも多々あった・・・

自分史15

長谷川針灸院に入った理由は

中医学を研究されていることだった

毎週水曜日診療後は勉強会があった

教科書は神戸中医学研究所編著「中医学入門」

30年後の今でも中医学の初心者にお勧めの入門書

とっつきにくい中医学理論を眠い目をこすりながら学んでいった・・・

院内勉強会

今夜は院内勉強会

①美容鍼チーム

新しい美容鍼メニューの練習

②全員参加

施灸のスタッフごとの技術の差をなくすための反復練習

患者さん、経穴、皮膚の状態

湿度、気温によって心地よい熱感は異なることを知り

モグサの量とひねり方、線香の近づけ方

消すタイミングと指の当て方・・・

施灸技術は職人技だ

難治性逆子治癒

第1子逆子

31週で来院

35週目、3週間6回の治療で治癒し普通分娩

第2子も逆子

29週で来院

35週目、5週間11回の治療で治癒し普通分娩予定

第2子の逆子について

逆子の治療症例中過去最多の治療回数となった

第1子が鍼灸治療で治癒したので

通い続けたPtの執念ともいえるが

最終的に胎児の頭の位置側の申脈が奏功した

(至陰は毎回施灸)

考察すると

脈診では一貫して右尺位置の虚であった

腎陽を補う目的で命門の多壮灸(39壮)も試みたが

最後に使った「申脈」

八脈交会穴で陽蹻脈の主治穴

”表の陽気を高める”ことで治癒に至ったと考える

印象に残る症例となった